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うつ病 コラム

東日本大震災から7年経ちました・・・が

 

どうも、すもわです。
東日本大震災で津波が押し寄せた、とある被災地からお届けしています。

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3月10日21時からNHKスペシャル[誰にも言えなかった]で
林原めぐみさん がナレーターをしてましたね。

林原めぐみさん7年ぶりのCDアルバム-翼から今際の死神まで-岡崎律子さんの未発表曲も収録

    どうも、すもわです。 岡崎律子さんと林原めぐみさんのファンです。 If you can not read Japanese please use Google Transl ...

 

7年前のあの日

私の実家は、震度6強の揺れに襲われました。
さいわい家は潰れませんでしたが、
瓦は落ち、壁にはヒビが入り、大黒柱が歪みました。
母は無事でしたが、
父は津波にやられた道路を20分前に車で通ってました。
ギリで生還してきました。

それから数十分後、
町の沿岸部が津波に蹂躙(じゅうりん)され、町の1/3が水没しました。
さいわい家は町の西寄りにあったので、免れました。

まさに運。
運が悪かっただけの人 は皆、亡くなりました。

ライフライン(電気・ガス・水道)は全壊。
余震も激しかったそうです

そう、当時私は関東に住んでいました。
その日はうつの症状がひどくて、会社を休んで寝込んでいました。
なので、帰宅難民にはなりませんでした。

程なく、私は退社し、実家に戻りました。
それから7年経ちました・・・が。

 

今、町は復興した所と・・・

 

大通り、観光バスが通る幹線道路、電車、内陸は復興しました。
そして、
津波に持って行かれた沿岸地域は放棄されました。

被害が最もひどかった地域はバリケードで封鎖され、一般人は立入禁止に。
まぁ、何百人も亡くなりましたからね。

沿岸部に行くと、津波が来たのは昨日ですか?

って思うほどの惨状が今も残っています
壊れた家や、流されてきた車などは撤去されました。でも
草は緑じゃなくて褐色、土は塩まみれ。
防風林も防砂林も無くなって、建築物が一切無くて、
人気(ひとけ)も無くて、以前は見えなかった 海が見える。

なんかこう、不気味な感じがします。

この地域は津波の脅威が忘れ去られるまで、このままになりそうです。



 

あとがき

一度壊れた町は二度と復旧することはありません。
復興するとしても、同じようにはなりません。
さいわいこの町の住民は頭が柔らかく、裁判沙汰は多くありません。

被災地の別の町では、今でも死んだのを町や学校のせいにして
裁判を続けている所があります。

そんなんしたって無意味なのは誰しも知ってるはずなのに。
誰があんな津波が来ると予想していた?

津波といえば30cmか1m弱のばっかりだったじゃないですか、今までは。
誰が建物の屋上まで来る津波を予想した?
津波の高さ、お台場のガンダムぐらいあった わけですよ。

昔の文献によると、どうやら鎌倉大仏の社殿は
津波が川を遡上してぶっ壊したらしい。
でも、
それを考慮して作られた建物は現代には存在してない。

東京や大阪も水路がたくさんある。
同様の津波が来たら、水没確定だ。

東日本大震災は7年たっても、復興しきってないけど、

東京で大地震が起きたら、何年で、
いや、何ヶ月で復興するんでしょうね

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